生田紗代 / まぼろし

まぼろし

まぼろし

2005年の作品。「十八階ビジョン」、「まぼろし」の2作を収録。著者の作品を読むのは2作目だけれど、結構好きかなって思います。寡作なようなのが残念。

「十八階ビジョン」は、会社を3ヶ月で辞めて実家に戻ってきた主人公と高校生の妹が、両親の海外旅行によって家で2人きりになって過ごすことになった一週間を描いた話です。
主人公と「よく似ている」と描写される妹を登場させることによって、現在の主人公と過去の主人公の対話を擬似的に表現している点が、とても面白く感じました。「楽しくはないけれど、学校には行っている」という妹に対して、主人公は問いかけはするけれど、否定も肯定もしません。これって自分自身の生き方がよかったのか、悪かったのか未だ評価できない、そしてそれゆえに自分の現況についても価値判断を下せない主人公の状況を描写しているのではないかなと思います。
ニートやフリーターを論じる上で、現在の社会状況(就職事情の厳しさや非正規雇用の増加など)をその原因として論じることが多いけれど、そのような軸に対して垂直に交差すべき軸、彼あるいは彼女のこれまでの人生などを踏まえた議論も必要なのではないか、とかそういう事を考えました。

まぼろし」は8年前に家を出て行った母親が突然戻ってきたいと言い出された主人公が葛藤の物語。こちらは家族という関係性についての話。「母」というのはある種の優しさや包容力の象徴として描かれることが多いけれど、この作品ではその逆と言ってもいいような母親像が提示されています。父と息子の関係というのは精神分析学然りよく論じられるけれど、母と娘の関係性をここまで深く描いたものは、僕は初めて読みました。とても新鮮でした。確かに重いテーマではあるけれど、文体がさらっとしてるので、読みやすいです。