村上春樹/1Q84 Book3

1Q84 BOOK 3

1Q84 BOOK 3

book1&2の1年後というスパンで上梓された本作。とある理由で、手元になかったbook1&2が戻ってくるのを待って、読み返してからbook3を読んだので、このタイミングでのレビュー。

オーウェルへのオマージュはどうなったんだ」。
というのが、現時点(初読後2週間経過)の率直な感想です。

著者は僕にとってとても大切な作家で、そしてとても大好きな作家なのだけれど、敢えて批判的な立場にたって書いてみたいと思います。というのは、それが著者の望んでいることのような気がするからです。

著者の作品は現在、批判されにくい環境にあると思います。まず、book1&2は100万部を超えるヒットになったみたいだし、本作もきっと広く受け入れられる(=売れる)ことだと思います。作家としての著者の評価も世界的に上昇していく一方です*1。2点目に、著者の小説は言わんとしているところが明確ではない(ベタな言い方をすれば解釈するのが困難)。言わんとしていることが不明確なものに批判しようとものなら、その解釈が甘いという批判返しをされかねない。3点目に、筆者の小説はエンターテインメントとして確かに面白い。核心に迫りかけて、そして遠ざかっていく、物語の進め方の技巧は完成されていて、一度読みかけると途中でやめることを許さない(というのがみんなにあてはまるかは分からないけれど、少なくとも僕はいつもそうです)。

そのような環境におかれること自体が、著者自身が全く持って望んでいないのではないかと思います。少なくともbook1&2の時点ではオーウェル1984年を露骨にオマージュしながら、そう主張しているように僕には思えました。

前置きが長くなったのだけれど、だから敢えて批判します(何だか変な感じだけれど)。

僕にとって、book1&2を読んでの最も大きな関心事は、「空気さなぎというのは何に対するワクチンだったのか」ということです。そして、物語が社会に対して与えるべき役割は何なのか、オーウェルを何度も引用して言いたかったことはそこなのではないか、と思います。そして、book1&2では長い時間をかけてその核心に迫ろうとしていたように思います。

book3には、book1&2には確かにあったそのような社会に対する視点が全くないように思います。ふかえりも戎先生も殆ど姿を現さない。天吾と青豆の個人的な物語になってしまっているような気がします(さらに言ってしまえば、この点は読者の解釈に委ねられると思うのだけれど、月が2つある天吾の内面の中だけの物語ですよね)。book1&2を読んで、その後でboo3を読むといわゆるセカイ系の小説を読んでいるような気持ちになってしまいました。もちろんセカイ系というのは言い過ぎで、それで無意識だとか内面と外面の入れ子構造だとか、そういう視座に対する深い洞察があって、いいものだと思うのだけれど、でも、それって「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」以降、何度も何度もやってきたことじゃないのかな、と思います。

無論、社会という視座についてはbook1&2で十分やり尽くしていてキミはそれを読み取れないのか、という意見をいただくこともあろうかと思います。それはもちろん、そうなのかもしれなくて僕の解釈が浅いのかもしれないのだけれど、僕は、book1&2の時のプロモーションも含めたフィーバー(現実社会において発生した現象)と、book1&2に描かれた世界観をパラレルに感じて、メディアミックスどころじゃない、現実と小説が交錯するただならぬ興奮を感じていた僕としては、もう少し、社会という視座を、「空気さなぎとは何に対するワクチンだったのか」、という話を深堀りしてもらいたかった、というのが本音です*2

*1:そういえばノルウェイの森が実写化されるみたいですね。これはこれで楽しみです。好きな楽曲がカバーされる感覚で、例えカバーがイマイチでもオリジナルが損なわれるわけではないし、カバーがよかったらそれは当然嬉しいですしね。

*2:もう一つ思うのは、book3の位置づけって何なのだろうという事です。もしかしたら、著者にとってはbook1&2で物語は終わっていて、book3はファンサービスなのかもしれないな、と思います。1つは恋愛小説としてのハッピーエンドの示す事による、もう一つは、古くからのファンに昔から取り組んできたテーマを示してあげることによる。でも、さらにもしかしたら、book3は単なるつなぎなのかもしれないなとも思います。月が一つしかない世界に戻る事によって(社会に戻ることによって)どうなるのかを描くための。book4があって、そこで著者にとって未知の領域である「月が一つしかない世界に戻る事によって(社会に戻ることによって)どうなるのか」が描かれるのであれば、それはとても読んでみたいと思います。続きが描かれるべき物語だと思います。