長嶋有/タンノイのエジンバラ

著者が2002年に発表した作品4篇を収録した短編集。

僕が勝手に抱いていた印象として、著者はきっちりとしたいわゆる物語を希求しているタイプかなと思っていたのだけれど、4篇中2篇は生活のスケッチのような作品です。

物語があるタイプの2篇「夜のあぐら」「30歳」は、どちらも面白い作品。どちらも家庭に問題のある、20代後半の女性が主人公です。

「30歳」は、特によかったです。不倫が原因でピアノスクールの講師を辞め、パチンコ屋でバイトしながらピアノの下にもぐって眠る毎日を送る主人公。原因はともかくとして、個人的には今の僕がちょっとやってみたい生活でもあります。
以下のフレーズが特に印象に残りました。

秋葉原にいると『本当に価値のあるもの』が次の瞬間にはなくなってしまう。だから立ち止まったらいけないし、立ち止まらなければそれだけ、価値のあるものを手にいれることができる。

読んで感じたことは、喪失感というのは、もともと持っていたものを失くした時に感じるだけではなくって、他人には当然のようにあるものが自分には元々備わっていなかったことに対しても感じることであるということ。

スケッチ的な2篇は、保坂和志氏の感触に近いです。正確に言うと、イベントは起こるのだけれど、展開しない、というタイプで、モノローグという感じではないです。