村上春樹 / 海辺のカフカ

2002年の作品。
僕は村上春樹がかなり好きです(最近は落ち着いてきましたが)。読み返してみて、近年の(具体的に言うと21世紀に入ってからの)著者の作品の中では一番好きだなと思いました、

この作品で著者が表現したかった事は、

君の外にあるものは、君の内にあるものの投影であり、君の内にあるものは君の外にあるものの投影だ(文庫版下巻p271)

ということだと僕は感じました。この事は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」と比較して見ると顕著なように思えます。本作品と「世界の終わり・・・」は2つの物語の交互に描かれてゆくという構成以上に、「君の外にあるもの」の世界と君の内にあるものの世界について描いた作品であるという点において共通するものをもっています。
しかし「世界の終わり・・・」では、君の内にあるものの世界である「世界の終わり」という物語と、君の外にあるものの世界である「ハードボイルドワンダーランド」という物語がけして交わることがなく、それら2つの世界の間には大きな境目が存在しているように表現しています。よどみに飛び込んだり、怪しげな脳手術のようなものを施したりしなければ、2つの世界を行き来することができなかった。それに大して、本作では、歩いてゆけるような場所、外の世界の延長上に内側の世界(森)を設定しています。この点は大きな違いであり、著者の転換ではないかと思います。そう考えると、「自分探しの旅に出る」っていうフレーズもあながち嘘ではないかもしれない。このフレーズってすんなり受け入れがちだけれど、よく考えると通常の論理だとおかしいですよね。自分が普段暮らしていない場所に本当の自分が隠れているってことなんて。僕の外側のものであり、今自分の目の前にある現実が、自分の内面の映し出したものであるうるっていう点が、個人的にはすごく面白かった点でした。

と同時に、本作品は著者の旧作をリバイスしたような部分(やっぱり旧作が良すぎるので「昇華した」とまでは言いがたい、でも「焼き直した」とまではひどくないと思います)がたくさん盛り込まれています。自らは「死」で象徴される世界にありながらも、主人公に「生」で象徴される世界に生きるよう佐伯さんは、「ノルウェイの森」の直子を思い出させるし、歴史に象徴される関係性の連鎖を感じさせるナカタさんの過去は「ねじまき鳥クロニクル」を思い起こさせます。もちろん「森」や作品の構成は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」だし。ある種のオールスターというか著者自身の歴史を象徴するような作品でもあるように思えます。

なんていうのだろう、小説は読み解くものではなくて、感じるものだと思うのですが、時間を経てもう一度読んで感じてみたいと思える作品です。