ヘルマン・ヘッセ / 車輪の下

車輪の下 (新潮文庫)

車輪の下 (新潮文庫)

天賦の才に恵まれた主人公が、周囲の期待に応えて進学するも、それに押しつぶされて、悲劇的な最期を遂げる作品。

言わずと知れた名作で、僕も素晴らしい作品だと思います。ただ、今回読み返してふと疑問に思ったことがありました。

それは、この作品が何故人々の心を捉え、そして名作とされるのか、ということです。というのは、この作品の主人公は言わば神童で、一般的な読者(そしてわれわれ人間)の大半を占める普通の人にとってはなかなか感情移入しがたいもののように考えられるからです。にも関わらず多くの人が共感して読み続けている。

完全な私見だけれど、われわれの中の潜在的な「自分も特別な人間だ」という自己愛を、主人公に重ね合わせ、そして主人公の共感するのではないかと思いました。日常生活の中で潜在化した(フロイトなら抑圧されたというような)自己愛や自己憐憫を解放するというか。それってもしかしたら、アニメのヒーローに自分を重ねるのと同じ構図なのかもしれないなとも思います。

でも、たとえ上記の仮説が正しかったとしても、人間というのは誰しもそういう自己愛をもつ生物で、それがいいだとか、悪いとかの価値判断を下すべき問題ではないようと思います。それは、人間が認知的不協和を回避する性向があることを誰も責めることはできないのと同じことだと思います。

ただ、そのような部分を直視し、残酷なまでに描写しつづけたのが、太宰なのだろうな、と思います。彼もおそらく車輪の下に押しつぶされた一人なのかなと思いました。