大崎善生/パイロットフィッシュ

パイロットフィッシュ (角川文庫)

パイロットフィッシュ (角川文庫)

著者の作品は初読。友人に薦められて読んでみました。とても興味深かったです。

パイロットフィッシュとは、飼育したい熱帯魚を入れる前に水槽に生息させる魚のこと。熱帯魚は環境に敏感な事が多く、真新しい水槽ではうまく生きていけないことが多い。パイロットフィッシュが生息し、その糞などからバクテリア類が繁殖し生態系が完成することによって、熱帯魚が生きていける環境が整えられる。そして、環境が整えられた後のパイロットフィッシュは捨てられることが多い。
(正確な引用ではないです)

そして、本作では、「記憶の中には存在するけれど、今、目の前にはいない他者」の象徴として「パイロットフィッシュ」という言葉が用いられています。そして、そのような(記憶の中にしか存在しない者も含めた)「他者」の集合体として、今の自分があるというのが、著者の伝えたいことだと思います。そしてもちろん、自分も記憶を媒介して他者の一部となっている。

分かってはいるつもりだったけれど、人の在り方にとって他者との関わりが必須なものだということを改めて強く感じました。つまり、たとえ、その関わりによって傷つくことや損なわれるものがあったとしても、人はその在り方ゆえに、どうしても他者を必要とする存在なのだということです。その事から、逆に言えば、どんな人間だって他者から必要とされうるということ、そして他者の一部となりうるということにもなるのだと思います。

さらに印象に残ったフレーズを引用しておきます。

感性の集合体だったはずの自分がいつも間にか記憶の集合体になってしまっている。(中略)人間が感性の集合体から記憶の集合体に移り変わっていく時、それが四十歳くらいの時かなあと思うんだ。

ここでいう感性というのは自己の象徴、記憶というのは他者の象徴だと思います。ここでは四十歳くらいにそのように変化すると記してあるけれど、僕はそうは思わない。おそらく、生まれた時からずっと他者との関わりや影響の中で自分が培われていったと思うから。

文体がちょっと硬いというか、こなれていない部分もあり、また、著者の伝えたいことが明確すぎるため若干説教くさく聞こえる点もあるのですが、物語の展開のスピードはちょうどいいテンポで読みやすかったです。著者のほかの作品も読んでみたいと思います。