吉田修一 / 悪人

悪人

悪人

朝日新聞夕刊に2006年3月〜2007年1月まで連載された作品。著者の作品を読むのは5作目くらいです。

女性保険外交員の死および主人公について、おびただしいほど多数の視点で語ってゆく物語。ミステリがかった要素を加味しているのは、連載を意識した読者サービスだろうか(そのおかげでストーリーがまとめづらいのですが)。でもそれが主眼ではないです。

悪人というタイトルではあるのですが、いわゆる善悪、モラルの問題を語った作品ではないと思います。そして恋愛小説的な要素もちりばめられているけれど、そうではない。
元々、暴力性を描く事に長けた作家ではあったと思うのだけれど、この作品では、より残酷に深いところまで、描いているように思います。殺人というアイコンがあるせいで物理的な暴力性のみが注目されてしまう事が心配ですが、本書で著者が描きたかったことは精神的な暴力性や残酷さこそであると思います。そういう意味では(連載であることを差っぴいても)、殺人はない方がよかったと思います。25歳の男性である僕が読むスピードを緩めざるを得ない箇所があるのは、若干過剰なのかもしれないと思うほどです。

この作品で著者がたどりついた地点と比しうるのは、おそらく村上龍だと思います。村上龍も精神的な暴力性を描いてきた作家。だけれど、村上龍の描く暴力性からは、生物としてこの世界を生き抜く根源的な力、そして、その開放を感じます。この作品から感じるのは、この世界から自分を守り抜く力としての暴力性。それが顕在化されたときの悲劇を描いたのが本作品ではないかと、感じました。